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佐藤洋一郎【馬馬鹿 馬鹿馬日記】
配信日:2016/11/30 09:00

巨泉の競馬ーその功罪(2) 天馬の再来◆佐藤洋一郎【馬馬鹿 馬鹿馬日記】


馬馬鹿 馬鹿馬日記(12)


2015年5月29日 19:35・To:t-spo-race@sankei.co.jp>

日本ダービー(1面)416=再録

学生アルバイトの氷配達で競馬場に行って、業務用自転車の荷台に立って第32回日本ダービーを観た。立ち並ぶ雨傘越しに見えた泥まみれのダイコーターと、影をも踏ませずに逃げ切ったキーストンの白帽とまっさらな勝負服がまぶたに焼き付いている。以来半世紀ものダービーを肉眼で観てきたことに、82回の今年になってはじめて気がついた。

ダービーの波乱だけは絶対に当てる!という意気込みが強すぎたか、まったく当たらない年が多すぎたせいか、ダービーを指折り数えるようなゆとりはなかった。が、さすがに50年、目から鱗が落ちるようにダービーの本質が見えてきた。

強い馬が勝つわけでも、運のいい馬が勝つわけでもない。レースを、流れを支配する馬、できる馬、緩い流れにも怯まずに、ゆったり身を任せてスパートできる柔軟な気質、脚質・・・が、収拾のつかなくなった混戦、乱戦の修羅場を制圧する。

”すさぶる気性”の名の通り、ドゥラメンテは気むずかしくて危ない。「そういう気性の(難しい)馬は好き」と言っていたMデムーロ騎手が、皐月賞の4コーナーでなすすべもなく何メートルも外に持っていかれ「ほんとに怖かった」と身をすくめた。短期間の騎乗停止ですんだが、同じような逸走でミスターシービーは、4角で他馬(キクノフラッシュ)を弾き飛ばす失格(馬自身の)ぎりぎりの荒技で2冠馬となった。

パドックでハミ吊り(口向きの悪さを矯正する馬具)が切れてしまい、代わりがなくて仕方なくそのまま発走させれた悪癖(気性難のあった父トピオ譲り?)に原因があったのに、吉永正人騎手だけが騎乗停止処分を受けた。その理不尽さに抗議してか、自虐に耐え切れずにか、後日、吉永は優勝カップをJRAに返還した。

他馬に迷惑をかけるということは、自滅にもつながる。それを気遣うからスローで折り合いを欠いても早めにスパートできない。サトノクラウンが弥生賞を勝ったとき、生産者の吉田勝巳さんは「バケモノだよ」と驚嘆していた。この馬も手に負えないビースト(野獣)の荒ぶる気性を隠し持っている。スローだからといって自分から動くことは難しい。★リアルスティールーもドゥラも同類の危ない遺伝因子を臭わせているが、シンボリルドルフがそうだったように、そうした気質が人知によってケアされカバーされて封じ込めてきた感じもする。大一番でタガが外れなければいいが…。

展開に左右されず、行く馬がいなければ自分が行き、スタートからゴールまで行儀よく真っ直ぐに走れる。天馬トウショウボーイと同じⅠ月31日デビューで過去4戦の中身もボーイを彷彿させる【◎】キタサンブラックこそ、荒んだ気質の渦巻く”暗闇祭り”をきれいな競馬で一掃できる本物お祭り男だ17単複連。

 祭りだ、祭りだ、見ろよ真っ赤な陽が昇る 倅一番 船をこげ!』

トウショウボーイと同じ1月31日デビュー、ステップ(3連勝)で皐月賞、ダービーに間に合ったキタサンブラックに、天馬の再来を見た。というより、狂気の沙汰を「強さ」と勘違いしているSS(ディープ)産駒とは異質の、ボーイやテンポイント(あるいはシンザン)のような「これが競走馬」という、心技体整ったサラブレッドにやっと巡り合えた気がした。

皐月賞を5F59秒2のハイペースで3着に踏ん張ったキタサンには、カツトップエースは言うにおよばず、アイネスフージン(2着)、カブラヤオー、サニーブライアンなみの皐月賞→ダービー逃げ切り楽勝!ができる。カブラヤやサニーのような生来の怖がり気質(ゆえに逃げるしか活路はない)ではない、天馬に近い柔軟な気質、融通無碍の成長力が期待できる。それはレースの波乱を深く読み、誰にも発見できない穴馬の何たるかを追究してきた、しがないダンゴ打ちの理屈を超えた直観でもあった。

とはいえダービーだけに、その◎にはこれでもか!という説明はついていた。皐月賞のハイペースで、もがきながら逃げ切った(踏ん張って2、3着)強靭な心肺機能とスピードをもってすれば、距離が延びてペースが緩む2400㍍の府中なら楽に逃げ切れるー。

ところが、その典型的なダービーペースが、皐月賞を上回る前半58秒8に狂乱した。アイネスフウジンが59秒8で逃げ切り、あの怪物ミホノブルボンでさえ61秒2のラップだったダービーで”怖がり”の化けの皮がはげたかのように、キタサンはブラック(暗闇)に飲まれて14着大敗。スポーツ紙の1面で、ねじり鉢巻き笛太鼓の祭りを踊らされた(イラスト)厚顔無恥の穴屋は、あのバカ、かっこつけやがって、ざまあえねえや!のそしりを受けて笑いものにされた。

・・・その夜の苦くマズい酒を懐かしみつつ、いま、サブちゃん御大の奇跡的なパワーを手酌のグラスに注がせていただいて、ふけゆく晩秋の夜をシャンティイ(凱旋門賞)の祝杯に重ねている。

「サトさん! 来年のガイセンモン、(キタサン)行くでしょう。ゼッタイ、行かせてくださいよ。勝てます。負けてもサンデー系やディープのような無様な競馬はしません。オレ、今日、めちゃ、アツくなりました!」

BC、香港、シンガポール、明大T名誉教授の引率でロイヤルアスコットやらどこやらにも遠征しているスギちゃんが、酔いが回って興奮して、居酒屋のテーブル越しにのしかかってきた。絶対【◎】のはずのキタサンブラックを、ジンクスにこだわって「泣いて馬謖を斬」った予想を理解(?)しつつ、若い馬友たちは皆、キタサンに「祭り」を所望して手拍子を打ったファン同様に盛り上がり、季節外れの祭り(5月5日)に舞い上がっていた。ほんとうに、ひさしぶりに、生産者もオーナーもファンも誰しも同じステージに立って喝采し、その喝采をともに浴びているような競馬の楽しみ、喜びを味わっているように感じた。

結果的には強いけど、メンタルにもフィジカルにもアブナサを抱えたSS、ディープの牙城、王国が陰りつつあるとまでは言わない。が、G3福島記念を個人オーナーの手造り(父も母も)のマルターズアポジーが制した翌週の年度代表馬(たぶん)の栄冠は、極端な格差が生じてしまったJRA競馬にもまだ、個人の、マイノリティーの参入できる余地が残されていることを魅せてくれた。

ダイナガリバーでダービーを勝つまでに30年を要したシャダイが「ノーザンダンサーの時代」(吉田善哉氏)を予告してノーザンテーストで戦国・昭和にのろしをあげ、サンデーサイレンス、ディ-プインパクトを武器に天下統一、独裁の牙城を築いた背景には、実は新たな潮流を推し進めた影の知将(大橋巨泉)と、それをサポートしたメディアの功績があった。

良し悪しの斟酌ではなく、JRA競馬の半世紀を現場で見聞、実戦してきたダンゴ打ちの愛憎半ばする二律背反の思いには、いわく言い難い部分もある。しかし、それを自分自身にもはっきりさせておかないと、「男には負けるとわかっている戦いにも出ていかなければならない時がある」という戦意がそがれる。

キタサンブラック(父ブラックタイド)を心技体整ったサラブレッドの鑑のように解釈したが、同じSSの直子ステイゴールドの子ゴールドシップを有馬記念快勝時点で「凱旋門へ!」と絶賛し、翌年確信の【◎】を打って惨敗して自他ともに見識の無さを認めざるを得なくなった苦い経験がある。ゴーストシップ(幽霊船)ではなく、黒潮に流されるゴールドシップ(黒船)よ、おまえもか!という大沈没を担保しつつ、決着の日(有馬記念)までに、遅筆に鞭打って・・・(続く)。



◆佐藤洋一郎【馬馬鹿 馬鹿馬日記】
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