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笠雄二郎【競馬なんでもデパート】
配信日:2015/10/23 11:05

青木さんが、ここのメルマガで、昔の菊の思い出を書いておられた。
青木さんと最初にお会いしたのは、1984年に『サラブレッド配
合史』を出版して、日刊スポーツが告知記事を書いてくれたので、
それを読んで梅ヶ丘まで買いに来た人が青木さんだった。

そこでお茶を飲んだ「パンの笛」というレストランも遂に2014
年に建物までなくなった。懐かしいしゃれた店だったが。
http://www.tescogabby.com/2013.htm
ホームページに掲載しておいた、これが「パンの笛」の懐かしい
1980年文化の偉容である。

私にとっての菊の思い出は、なんといっても、1970年のタニノ
ムーティエだった。皐月賞とダービーの2冠を制したものの、夏に
ノド鳴りを患って、もう走れる状態ではなかった。でも、3冠を目
指して出走してきて、ファンも勝てないのは分かっていたが、3コ
ーナーからの坂の下りで、一気にまくってきたときは、「タニノム
ーティエが来ました」とアナウンスが絶叫し、場内はひととき沸き
返った。
http://db.netkeiba.com/horse/ped/000a000ad6/
テシオのティエポロの血が入っていた。

1972年も凄かった。ロングエース、ランドプリンス、タイテエ
ム、ハクホオショウ、イシノヒカル、ランドジャガーなど、今でも
私が日本の競馬史で最強世代だと断言できる世代だった。イシノヒ
カルはテシオが作った名馬・リボーの孫で、トキノチカラやプリメ
ロが入っていた。レースは右回りの長い距離で無敵だったイシノヒ
カルの圧勝だった。「イシノヒカル 日刊競馬」で検索すれば梅沢
直氏の名文が今も読めるのはありがたい。
http://www.jbis.or.jp/horse/0000028712/pedigree/

1977年も懐かしい。テンメイとメグロモガミの1点勝負に賭けた。
http://www.jbis.or.jp/horse/0000069408/pedigree/
http://www.jbis.or.jp/horse/0000068401/pedigree/
テンメイは2マイルの天皇賞と有馬を勝った女傑・トウメイの子で、
クモハタやトキノチカラが入っていた。メグロモガミは2マイルの
天皇賞を勝ったカミノテシオのオイで、プリメロやハロウェーが入り、
ティエポロを負かしたセダンの子だった。そしてこの9番人気と5番
人気の勝負馬券の夢は、2着3着となって消えていった。

あの頃は、血統で競馬をやる人は希だったから、オークスをはじめと
して、血統でめちゃくちゃおいしい複勝がとれた時代でもあった。

とまあ、昔話で退屈な人もいるでしょうが、一昔前までは、マンノ
ウォーの孫やリボーの孫やコダマの孫の馬券を買っていた連中が、
戦後生まれでもいたのである。なあ、井崎さん。

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◆笠雄二郎【競馬なんでもデパート】
http://bit.ly/1zzbKsp

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