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沢田準【競馬を楽しく】
配信日:2016/01/21 18:00

天神乗り◆沢田準の競馬を楽しく

日本で最も特徴のある騎乗スタイルの騎手といえばまず大井の的場文男騎手があげられるだろう。追い出しに入ってからのアクションは他の騎手とは全く違った大きなものだ。

鐙のうえで立ち上がり、その次は腰が鞍に着かんばかり、もちろん手綱は追いまくり鞭も大きく打ち下ろす。あのスタイルでは馬に邪魔にならないかと思うが、実際には馬はどんどん伸びるのだから理に適っているのだろう。

的場騎手のように鐙の上で上体を上下に動かす追い方は、以前ジャパンカップにやってきた外国の、特にイギリスの騎手に見られたが現在では少ないようだ。

しかし的場騎手はいわゆる天神乗りではない。鐙は他の騎手と同じように短く、追い出しに入るまでは他の騎手と見分けがつかないのである。

天神乗りとは昔の騎乗スタイルで、鐙は長く騎手の姿勢は高い。鐙が短く騎手の背中が馬の背にほぼ平行なモンキー乗りとは見た目にも明らかに異なる。

いわば天神乗りが馬に跨る騎乗であるのに対しモンキーは馬の上に乗るというスタイルである。

モンキー乗りは昭和33年にハクチカラでアメリカに挑戦した保田隆芳騎手が日本に持ち込んだといわれる。

しかし日本でモンキー乗りはすぐに他の騎手に広がったわけではなく古手の騎手は天神乗りで乗り続けていた。

昭和36年のダービー、勝ったハクショウの保田騎手は膝が馬の背より高い位置にあるモンキーであるのに対し、大接戦の2着メジロオーの八木沢騎手は膝の位置が低く馬の体の脇にある天神乗りだ。

JRA発行の「日本ダービー50年史」にはこのダービーのゴール前の写真が掲載されているが、モンキーと天神乗りの違いがよく分かる写真である。

以前に競馬博物館で宝塚記念展が開催され、各種展示物の他に初期のレース映像が流されていた。

第1回宝塚記念は昭和35年。当時はどの騎手も天神乗りだ。鐙が長く姿勢が高い騎手ばかりのレースの画像を見るのは奇妙な印象だった。

先年シービスケットを描いた映画がアメリカで制作され日本でも公開された。

時代考証は厳格に行われただろうが、残念なのは騎手の騎乗スタイルがどの騎手もモンキー、それもアメリカンスタイルのかなり極端なモンキーだったことだ。

シービスケットがサンタアニタハンデを勝ったのが1940年。アメリカでもまだ天神乗りの時代である。

ローカルの競馬場のシーンで、ヘルメットもかぶっていない騎手が皆モンキーだったのには違和感が大ありだった。

現役の騎手が出場したと思われるが、普段モンキーで乗っている騎手には昔風の天神乗りでは乗れなかったのだろう。映画では当時の実写フィルムが1カ所だけ使われていたが、当然ながら天神乗りだった。

シャーロック・ホームズシリーズで、競馬が扱われたのが「白銀号事件」だ。

グラナダTVでのレースシーン、こちらは見事な天神乗りだったのはさすがイギリスのTVだと感心した。競馬の騎手ではなく乗馬のライダーを使ったのかと思われたのである。




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