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沢田準【競馬を楽しく】
配信日:2016/06/10 11:00

日本の馬は強いか◆沢田準の競馬を楽しく

日本の馬が強くなったといわれる。以前にも触れたように日本馬は外国のレースで敗戦を続けた。それも惜しかったというものではなく全くの惨敗だった。

92年にジャムシードがフランスに長期遠征しG3で2着したことがある程度だった。

93年に香港で国際レースが創設され、日本に近いこともあって当初から日本馬の参戦があったが苦戦が続いたのである。

それだけに95年にフジヤマケンザンが香港国際カップで勝ったのは驚きであり、そして大きな喜びだった。

96年にはライブリマウントが第1回ドバイワールドカップに挑戦し11頭立ての6着、まあまあの成績と思われた。すくなくともかつてのように全く歯が立たないということはなくなったようだった。

そしてついに98年、シーキングザパールがモーリストゲスト賞をタイキシャトルがジャックルマロワ賞と初めて世界のG1を勝つに至ったのである。

翌99年にはエルコンドルパサーがサンクルー大賞を、アグネスワールドはアベイドロンシャン賞とまたもG1を勝ち、さらにエルコンドルパサーは凱旋門賞2着、日本馬もここまで来たのかと思わせたのである。

そしてステイゴールドが2001年にG2だったドバイシーマクラシックを、そして香港ヴァーズで初めての内国産馬による外国G1制覇となったのである。

その後は2011年のヴィクトワールピサのドバイワールドカップを頂点に日本馬による外国での勝利は珍しいことではなくなり、毎年のように勝ちまくるというわけにはいかないまでも、日本馬が強くなったのは確かと思えたのである。

だが私は本当に日本の馬が世界の中でトップクラスの力を持っているのかはまだ疑問だった。そのことがまだ証明されていないと思われたのである。

まず香港で勝ったエイシンプレストン、アグネスデジタルを含めその当時に外国のG1を勝ったのはステイゴールド以外は外国産馬だったことがある。

日本産馬で勝たないと日本の馬が世界的になったとは言えないと思うのである。もっともその後は日本産馬が勝つことは普通のこととなったが。

そして日本の馬が活躍するのが主に香港とドバイということだ。シンガポールも加えてこれらの地域は競馬の世界ではローカルに過ぎないのである。

賞金は非常に高いがそれは高賞金を出さないと馬が来てくれないためである。初期のジャパンカップとおなじことだ。

世界の競馬の中心はヨーロッパ、それもイギリス、アイルランド、フランス、そして北米なのである。

凱旋門賞とブリーダーズカップ以外は賞金は低い。エイシンヒカリが勝ったイスパーン賞で得た賞金は1800万円程度であり日本の準オープン並みでしかない。

しかしレースの格は大違いである。プリークネスステークスにしても1着賞金は90万ドルで1億円に満たず皐月賞並みでしかない。

香港やドバイに遠征する馬はヨーロッパやアメリカでせん馬を除けば超一流とはいえず普通の一流馬といったレベルだ。

それは遠路への遠征にはどうしてもリスクを伴う。実力をすべて発揮できない可能性があるのだ。ヨーロッパやアメリカの超一流馬にとって最も重要なのは引退後の価値である。

牡馬なら種牡馬のシンジケートや売却価格、牝馬はセリなどで繁殖牝馬として売却する価格である。成績が悪ければ価格が下がる。

従って敗戦のリスクのある遠路遠征は避ける傾向にある。日本と違って一流馬が早期に引退するのも同様だ。

このため賞金は低くても国内の主要レースを勝って馬の価値を上げたほうが馬のためということだ。

日本産馬がアメリカやヨーロッパの主要レースで活躍する例はまだ少ない。シーザリオがアメリカンオークスを勝ったがG1といっても主要とはいえないレースである。

このためスピルバーグには期待したのだがプリンスオブウェールズステークスで敗れたのには落胆させられたのである。

しかし今年になりやや様子が変わってきたのかもしれない。ラニがケンタッキーダービーとプリークネスで敗れたとはいえ9、5着。エイシンヒカリはイスパーン賞で快勝した。

ラニは米国産とはいえ母がヘヴンリーロマンスでノースヒルマネジメントの自家生産馬であり純粋の外国産馬とはいえない。

まじかに迫ったベルモントステークスとプリンスオブウェールズステークスに期待したいものである。





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