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沢田準【競馬を楽しく】
配信日:2016/06/17 15:00

襷コース◆沢田準の競馬を楽しく

競馬場のコース図や空撮の写真を見ることは競馬ファンにとってなかなか楽しいことだ。今はグーグルアースという強力な武器があり簡単に見ることができるようになって便利になったものだと思うのである。

もちろん世界中の競馬場を探してみるのは楽しいがよく知っているつもりの日本の競馬場もそれなりに面白いものだ。

競馬場のコースは最初の完成時と現在は同じ形ではなくいろいろの変遷がある。左回りが右回りになった札幌、逆に右回りが左回りになった新潟が最も大きな変化だがそれ以外にもいろいろな変化があった。

本馬場は札幌と中京がダート、それ以外は芝だったが現在はすべて芝とダートの両方のトラックを持っている。

また中山と京都には外回りコースがあるがこれはいずれも当初は障害コースだったものを平地の外回りに直したものである。

中山の向こう正面の障害は以前は平地のトラックに置障害を置いてこれを跳んでいた。現在の中山グランドジャンプのようなものだが、これは当初は外回りが障害コースだったことの名残である。

ここで障害コースを考えてみる。現在の障害コースで残念なことは襷コースが減少してしまったことだ。もともとは障害レースが設定されていない札幌と函館、そして内馬場が池になっている京都以外にはどこにも襷コースが設けられていた。

単調な周回に彩を加えるものとして襷コースはなかなか興味深いものだった。ところが東京、新潟、中京と回収のたびに襷コースがなくなってしまい今では四つの競馬場だけになってしまった。

ところで現在では障害レースはレース数が少なくなり一時は廃止の噂が出るほどになってしまったが、かつては盛んに行なわれておりサラ障害だけではなくアラブ障害も行われていた。

このため競馬場には障害コースが設けられているのは当然のことであり、それも十字襷が普通だった。目黒、宮崎といった古い競馬場のコース図には十字襷が描かれているし、小倉、福島も当初は十字襷だったようだ。

中山は大障害コースが十字襷に相当する。東京は片襷だったようだ。中央だけではなく地方競馬でも障害レースが行われており、大井、川崎、船橋はナイターのための工事が行われる前は十字襷の障害コースの跡がはっきり残っていた。

阪神は当初は障害レースは本コースに置かれた置障害で障害レースが行われていた。戦後に作られた新潟と中京は阪神も含めて片襷コースとなっている。

中山の障害コースで現在と最も異なるのは大障害が三つあったことだ。大竹柵、大土塁(現在の呼び方は大生垣)のほかにもう一つの大生垣があった。

大土塁を跳んだあと左へカーブしてスタンド前の生垣を跳ぶが、昔はこの生垣が大障害コースと周回障害コースに分かれており、大障害レースでは大生垣を跳んだのである。

大土塁と大生垣が連続するため難しい飛越となってしまうため障害を修正したもののようだ。

中山の障害レースといえばスタンド前から逆向きにスタートし大土塁を一度跳ばすという2560メートルのレースが短期間行われていたことがある。いわば中山大障害の後半だけを走るというレースだ。

中山障害ステークスというレース名だったと思うが、こんなレースを記憶している人は関係者でももう少なくなっているだろう。

襷コースに問題があるとすれば襷に入るときに騎手に逆らって真っすぐ走ろうとする馬がいる場合だ。以前に阪神で襷に入っていく馬とまっすぐ行こうとする馬がいて混乱したことがあった。

このため現在ではロープを持った係員がコースを横切るように立っているがあれはさぞかし怖いのではないかと思うのである。





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