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沢田準【競馬を楽しく】
配信日:2017/09/01 13:45

7000勝騎手対談◆沢田準の競馬を楽しく

グリーンチャンネルの地中海ケイバモードで二人の7000勝騎手、佐々木竹見元騎手と的場文男騎手の対談が放映された。

非常に興味深い対談だったが、一回だけで時間的に短いと感じられた。この二人なら昔の競馬の様子や騎手事情などを話してもらえると思えるのである。

対談の中で佐々木竹見騎手が昔は電車に乗って競馬場に行ったという話が出て、的場騎手は初めからタクシーだったそうだが、電車で行った時代があったなどとは初めて知った。

竹見騎手といえば今でも記憶している古い記事がある。かつてオール競馬という月刊誌があったが、この昭和49年1月号に西野広祥氏による竹見騎手の紹介記事が掲載された。

竹見騎手の全盛時代で4000勝を達成した直後である。西野氏が竹見騎手宅を訪問し、競馬の話を交わした。

長くなるが引用しよう。「競馬の話となると、話題が尽きず、とりとめがなくなるものである。出されたビールを飲み、すしをつまんでいるうち、ますますとりとめがなくなってきた。

佐々木の舌も油がのってきて、よくしゃべった。・・・・ところが、時計の針が九時をまわるや、不意にいった。「もう寝なければならない時間です。申し訳ありませんが、おかえりいただけますか」

私はすしを頬ばっていた口を一瞬止めるほど驚いた。話に熱がこもっていた時である。」

しかし西野氏は、このくらい厳格に規律を守り節制しなければリーディングジョッキーは務まらないと、納得している。そして竹見騎手の小遣いが月に2、3万円と聞いてダーとなってしまうのである。

この当時竹見騎手はどのような生活を送っていたのだろうか。いうまでもなく南関は毎日のように開催がある。もちろん毎朝調教にも乗らなくてはならない。

年間500勝もするにはほとんど毎日騎乗していたに違いない。毎朝川崎で調教に載り、電車で開催競馬場に向かい、レースが終わって帰宅、翌朝また調教、そのような生活を聞いてみたいと思うのである。

竹見騎手は若い時にたくさん勝ち、的場騎手は全く逆に40台になって勝鞍を伸ばした。的場騎手は先輩騎手が多かったためということだったが、そのあたりも聞きたいものだ。

また記憶に残っているレースや馬についても話してもらいたい。

再度、再三の対談を期待したいものである。




◆沢田準【競馬を楽しく】
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