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青木義明【競馬一直線】
配信日:2018/08/02 11:45

山野浩一さんを偲ぶ会◆青木義明の競馬一直線


7月30日(月)の夜、飯田橋のホテルで、昨年7月20日に77歳で亡くなった山野浩一さんを偲ぶ会が催された。参加者は競馬関係者と出版関係者を合わせて130人ほど。競馬評論家、SF作家として活躍した山野さんを偲んで在りし日の功績や思い出話しに花を咲かせた。

小生と山野浩一さんとの出会いは35年ほど前になる。新橋の「優駿編集部」に当時の編集長の和田久さんに呼ばれて面接をしているところへ偶然、山野さんも原稿ゲラチェックで部屋に入ってこられた。

後で顔を出すから、と和田さんに言われて山野さんと小生は新橋の居酒屋へ。カウンターに腰かけながら乾杯して自己紹介。当時は30歳で都庁をやめて新聞配達をしながら手書きの「週刊競馬通信」を無料で競馬関係者に配布していた頃で、これに目を止めてくれたのが和田久さんで、それから「優駿」への寄稿を依頼された。

また、当時40歳前後の山野さんとお会いしてからは「サラブレッド血統辞典」の編集補助への話が進展した。その後、サンスポの佐藤洋一郎さんが紙面のコラムで小生を紹介してくださり、無料配布を有料販売に切り替え「職業」としての出版人兼血統研究家へと一歩を踏み出した。(出版活動は週刊誌、月刊誌、単行本など約20年間続けたが赤字が重なり10年ほど前に破産した話は何度か書いた)

その後、山野さんには「週刊競馬通信」の読者パーティーにご参加いただいたり「山野さんを囲む会」を催したり、三鷹のご自宅でのホームパーティーに毎年お招きいただいたりしてお付き合いが継続。約10年後の「クラシック馬の追求」(ケン・マクリーン著、山本一生訳、競馬通信社刊)の出版記念パーティーに際しては競馬会の理事や佐藤正人さんなどにもお声掛けを頂き、その企画進行の中心的役割を担って下さった。おかげで新橋「新橋亭」での業界関係者100人を超える盛大な会が実現した。また、その後も吉祥寺での山野さんの結婚祝賀会にもお招きいただいたりして、いろいろと思い出は尽きない。

山野さんの競馬観とその膨大な知識と洞察力、血統研究とその普及活動にはおおいに刺激を受けた。その過程で小生は「血統論→配合論へ」と深化していったが、配合論の分野ならば山野さんに勝てるかもしれないという動機もなくはなく、もちろん「強い馬作りには配合が基本」「血統表文化の普及」は1980年初期からの「週刊競馬通信」発行の基本テーゼだったが、いつの間にか出版活動や競走馬の生産活動にも奔走する「血統事業家」になってしまっていた。人生とは分からないものである。


【当日、言葉を交わした競馬関係者、順不同、敬称略】

斎藤修、原山実子、中川明美、庄司典子、須田鷹雄、柏木集保、飯田正美、山田康文、小島友実、有吉正徳、矢野吉彦、栗山求、木下勇二、駒木舜


初めての人もいれば10年ぶり、20年、30年ぶりの人もいる。その中で「週刊競馬通信」にコラムを執筆されていた駒木舜さんは「クラシック馬の追求」パーティーの司会をしてくださり、山野さんとの事前の打ち合わせで何度も吉祥寺に出向いたことが懐かしく、また山野さんの結婚を祝う会の時には可愛い赤ちゃんを抱っこしていたが、その息子も23歳になられたとのこと。本当に懐かしかった。


◆青木義明の競馬一直線
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